2010年3月3日水曜日

Carnaval en Presto 12-17/Feb/2010

Había el Carnaval en Febrero en Presto.



Fiesta en alcaldía en 12 de Febrero




hice los empanadas para el carnaval con mi abuela de Presto en 13 de Febrero.




Había mojado todos los días.




Todos bailaron alrededor de Pucara desde 14 hasta 17 de Febrero.

Pucara es para pachamama, antecesores, familias, amigos y comunidad.





Chicha, la bebida de maíz.


2月の12日から17日まで、約一週間、プレスト村はカルナバル(お祭り)でした。

赴任したのが10日、仕事始めが11日で、12日は半日仕事をして、午後からは役場の会議室で職員皆で酒盛り。

紙吹雪をまくし、水はかけあうし、シンガニというお酒を飲みまくるし、さすがラテンの職場です。

このシンガニというお酒、ウォッカ7にソーダ3くらいの割合で作っていて、とても強い。

もともと飲めない私は飲んだふりをしていました。

夕方になっても、さらに外でビールを飲み続ける職員たち。自分たちの車やバイクにもビールをかけてお祝い。

ほとんどの職員はスクレというプレストから3時間の県庁所在地の街に住んでいるので、彼らはスクレでカルナバルをすごすため、酔っぱらったまま帰っていきました。

夜はプレストにある病院の庭でのパーティに参加。食べて話して踊って楽しい時間を過ごしました。


13日土曜日、朝から家の庭ではカルナバルのごちそうの為にお父さんが牛を解体していました。

夕方からは、おばあちゃんの家でエンパナダというパンを焼きました。

パンの生地を伸ばして、中にチーズと玉葱と唐辛子で作った具をいれて、形を整えます。焼くのは石釜で、薪を使って。

三つ編みのチョリータ姿のおばあちゃんがパンを焼く様子は、まさに映画「魔女の宅急便」でパイを焼くシーンと一緒。

きっと昔からこの方法でパンを焼いてきた文化が今もここにあるんだな、と思いながら一人で感動していました。

焼き上がったばかりのパン、とても美味しい!!!薪で焼いているから香ばしさがちがいます。

お祭りの度にこうしてたくさんエンパンダを焼くそうなので、楽しみです。

この伝統的なエンパナダを焼くことは、日本でハレの日にお餅を作るのと同じだとおもいます。

家族皆で手伝いながらたくさんたくさん焼きます。お祭りの期間中、家族やお客さんと一緒に食べます。

夕方のバスで、スクレで勉強している若者や祭りの期間中をプレストで過ごす親戚が帰ってきて、村は一気に活気づいてきました。


14日日曜日、村の各家々では祭りの準備が進められています。

道を歩いていると、子供たちから容赦なく水鉄砲の攻撃にあいます。

昼過ぎに、パラダが始まりました。村のおじいさんたちが奏でる音楽に合わせて、たくさんの人が列になって踊りながら村中を通ります。家の前を通った時は、水風船や水鉄砲で踊ってる人たちをずぶ濡れにしてしまいます。

もちろん、私も水風船を投げて参戦しました。

その後は、誘われるまま踊りの列の中へ。

水風船があたっていたいし、泡はかけられる、水はかけられるで、もうわけがわからないまま踊っていたけど、

楽しくて楽しくてずっと笑っていました。

夜は村の中の即席ディスコテカで、村中の若者とともに踊りました。音楽は主にボリビア音楽。


15日月曜日、昼間にプラザで子供たちからケチュア語を習っている時も、水の攻撃にあい、びしょ濡れに。

夕方からプカラという、カルナバルの為につくられた祭壇のようなものを見にいきました。

村の中の数件の家にプカラはあります。

プカラはビールやコカコーラ、甘いパン、ケーキ、ビスケット、缶詰、フルーツ、風船で作られています。

パッチャママ(母なる大地の神様)のため、先祖のため、家族のため、村人のため、神様のための捧げもので、14日に飾り付がされて、16日か17日に解体され、おさがりを皆で分け合っていただきます。

プカラを見に行くと、必ず家の人からチチャというお酒をごちそうになります。

チチャは、トウモロコシを発酵して作ったお酒。各家々で採れたトウモロコシで作られていて、家によって少しずつ風味がちがいます。他にも、ココナツで作られたネクターというお酒もあります。

どちらも強いから、あまり飲めないけど、美味しいお酒を楽しみました。

家の人は誰が来ても必ず歓迎して、お酒をすすめてくれます。プレストの人のあたたかさをよく実感しました。

カルナバルでのお酒の飲み方。注いでもらったら、まずプカラのパッチャママへ少し飲んでもらって(つまりプカラにお酒をかける)、それから残りを自分で飲みます。

お酒の弱い私はたくさんプカラに飲んでもらいました。

そのまま夜はまたディスコテカへ踊りに行きました。


16日火曜日、一部の家ではプカラの解体の儀式が行われると聞き、見に行くことに。

プラザに行くと、前で踊っている人たちがいて、この人たちが今から解体をするそう。

チチャで酔っぱらった村人が、踊りながらプカラの会場に行き、家の中のプカラの周りをさらに歌いながら踊ります。

その間もチチャの招待をうけ、人々はまたさらに飲む。そして踊り続けます。

踊りと音楽が最高潮に達した時、代表の2人がプカラの解体を始めます。

パン、ケーキ、缶詰、果物などを風呂敷のような布に詰めていきます。

その風呂敷を持って、踊りの列はプカラの会場をでて、村中を踊り歩き、親戚の家へ。

そしてまたここで飲み続けます。

他の会場でプカラを解体する時も同じ儀式が行われます。

夜は今夜も皆で踊り明かしました。

いやぁ、よく飲むなぁ、ボリビア人。


17日、水曜日に仕事を再開すると皆言っていた。

だけど、朝出勤しても、役場は閉まっているし、誰も来ていない。

ボリビアらしいなぁーと思いながらしばらくプラザで待っていると、目の前を通り過ぎる踊る人々。今からプカラを解体しにいく様子。

よく見ると、その中に役場の人もいて、一緒に踊っている!あれ?今日仕事始めじゃないのー?

と聞く前に、広美!一緒に踊りましょう、と誘われてそのまま踊りの輪の中へ。

また夕方まで踊った一日でした。


結局スクレから役場の人皆が帰ってきたのが17日の午後。仕事が再開したのが18日でした。

私は17日に飲んだチチャにあたって、18日は療養。他にも似たような症状の人がたくさんいたそう。

仕事よりも、行事を大切にするボリビア人。

田舎の集落ではまだまだ週末まで飲み続けるそう。

bolivia人は本当によく飲み、よく踊ると実感しました。


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